2021.09.28
愛娘の成長を描いた藤井勉
初めて藤井勉の作品を見たとき、私はその絵の中の少女に愛らしさの反面、どこか冷たい印象を覚えました。飾りのない風景の中で凛と一点を見つめる少女の、幼いような、しかしどこか大人びているような不思議な表情は、すこし奇妙にも映りました。しかし髪の毛の一本一本、洋服の細部に至るまで緻密に描かれているその表現には、モデルの少女に対する慈愛が感じられ、あとからその少女が藤井の愛娘であると知り、なるほどと合点がいきました。
父親としての愛情が満ち溢れる少女像シリーズ
藤井勉は秋田県仙北郡仙南村(現・美郷町)に生まれました。岩手大学教育学部特設美術科を卒業した後は、岩手県盛岡市を拠点として創作活動に入り、1976年第20回シェル美術賞展で佳作賞、翌1977年に第12回昭和会展優秀賞、1983年には安井賞展佳作賞を受賞するなどしています。
藤井勉の作品で一番人気のシリーズは愛娘を描いた少女像です。藤井は約30年にわたり、四季の移ろいのなかで成長していく愛娘たちの姿を、写実的な細密描写によって絵画の中に表現し続けてきました。時の流れ中に静かに佇む少女たちの肖像画をはじめ、過ぎ去っていく記憶をキャンバスの中に繋ぎとめていく藤井の作品には、娘たちへ注がれる父親としての愛情が満ち溢れています。
後年、藤井は岩手県盛岡市の郊外に仕事場を構え、家族と共に自らが開墾した山野の畑で野菜や果物、草花を育てていました。そして人物画以外にも、身近な自然を油彩、デッサン、水彩などで残していきました。しかしそんな生活を送る藤井の描く絵からは、自然の素朴さや野性味ではなく、むしろ都会的で洗練された優美さが感じられます。藤井の作品は、背景の書き込みはほとんどなく簡素なものです。そのため被写体にスポットが当てられ、非常に目を惹かれます。また、描きたいと思ったものの形を写実的に描写することにより、この人を、この景色を描き写して、みんなに伝えたいという藤井の気持ちが伝わってくるようです。
大作「風と潮の神話」そして東日本大震災
東北で暮らしていた藤井にとって、東日本大震災は切り離せるものではなく、震災で一変してしまった陸前高田の風景を見て、藤井はその無残さと虚無からしばらく抜け出せなかったそうです。
震災前、陸前高田市内にあった、キャピタルホテル1000のロビーには、藤井の150号の大作「風と潮の神話」がかけられ、多くの市民に親しまれていました。しかしその大作も津波で流され、行方不明となってしまいました。その後、復興の支援活動中にホテルの関係者から「せっかく描いていただいた絵が流されてしまって申し訳ない」と伝えられます。藤井はこの時に、こんな困難な生活を強いられている中でも、自分の作品を気にかけてくれたのだと、感謝の思いを抱き「風と潮の神話」を再制作しようと決めたのです。
そして、2011年秋には、岩手町立石神の丘美術館にて、製作途中の作品が展示され、待ち望んでいた地元の人々に暖かく迎え入れられました。
残念なことに、藤井は2017年に69歳にして心不全でなくなってしまいましたが、その作品は死後もなお人気が高まっています。家族と、そして郷里・東北の自然を愛した藤井の作品は、性別や年齢などを超えて受け入れられ、いつまでも愛されることでしょう。