2019.07.30
平山郁夫、シルクロードへの路
今回は日頃、弊社に様々な作家のお問い合わせ頂いている中で、多くお問い合わせを頂く日本画家、平山郁夫をご紹介致します。
「昭和三山」と謳われる日本画家「平山郁夫」
美術に興味が無い方でも、平山郁夫の名前は聞いた事があるのではないでしょうか?
平山郁夫は日本美術院を中心に長年において活動し、東京芸術大学学長などを歴任した日本を代表する日本画家です。
その実績は東山魁夷や加山又造などと並び「昭和三山」と謳われ、その人気と同時に「文化功労賞」「文化勲章」など数々の賞を受章し、美術業界に不動の存在となったことで知られます。
平山郁夫の生い立ちと「平山郁夫美術館」
その平山郁夫の名を冠する「平山郁夫美術館」に先日行ってまいりましたので、生い立ちから画家になるまでの様子を含めてご紹介致します。
平山郁夫は広島県尾道の瀬戸田町で生まれました(彼の作品には瀬戸内の豊かな自然を描いたものが多いのはその為です)。
彼は子供の頃から絵を描く事が好きな少年でした。戦時中に被爆し、後遺症に苦しむ中でも、描く事で痛みや空腹を忘れ、夢中になれたそうです。
そんな平山郁夫の姿を見て、彼の母親が絵日記を書くように勧めた事が画家になるきっかけの一つだったそうです。
美術館では画家として有名になる前の時代のスケッチや体験談など希少な資料などが展示されています。
作品は【幼少期】【初期作品】【仏教伝来以降】【しまなみ海道五十三次】【下図】というカテゴリに分けて展示されています。
下図って何?と思われる方もいらっしゃると思いますが、日本画に使用される岩絵具は一度塗ると修正が難しいので、平山郁夫は製作に入るまでに「下図」を描き構想を整えます。
下図と完成作品を比べると、全く同じに作られてない作品もあると気付きます。来館することで、そういった普段見る事が出来ない製作の過程も体感できるのが美術館の面白いところです。
さて、作者の代表作と言えばシルクロード、仏教伝来やブルーモスクといった絵画が有名です。
個人的に感動した作品は本館での中心作品でもありました来島海峡大橋を描いた大作「天かける白い橋瀬戸内しまなみ海道」。6メートル弱もある作品で大迫力でした。
また、真っ青な岩絵具で描かれた「アンコールワットの月」なども静寂した美術館の中で一際目立っていました。
美術館では今年没後10年を節目に、これまで展示されていなかった秘蔵品や月刊誌の表紙絵、制作資料などを紹介しています。
瀬戸内に行かれた際は是非足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
弊社では平山郁夫の本画、水彩画、版画と強くお取り扱いしております。まずはお問い合わせ下さい、お待ちしております。
【平山郁夫 略歴】
1930 広島県瀬戸田町に生まれる。
1945 原爆にて被爆
1947 東京美術学校に入学
1952 同学校卒業後、前田青邨に師事
1965 日本橋三越で第一回個展を開催
1973 東京芸術大学教授に就任
1993 文化功労者として顕彰される
1994 故郷の広島県瀬戸田町に平山郁夫美術館が完成
1998 文化勲章を受章
2009 永眠(79歳)