作家・作品紹介

信念に生きた美術教育運動家 山本鼎(ヤマモトカナエ)

みなさん誰もが一度は『クレパス』という画材を手に、絵を描いたことがあるのではないでしょうか。
クレパスは、クレヨンの使いやすさとパステルの美しい発色を兼ね備えた、画期的で優秀な描画材料であります。

信念に生きた美術教育運動家 山本鼎

しかし正直なところを申し上げますと、このクレパスという画材は、私も小学生の頃にしか手にした記憶がないため(それはクレパスが学校教材として普及したためでもあるのですが)、子供のおもちゃ程度の印象しかありませんでした。

しかし実際には小磯良平、寺内萬次郎、舟越桂など多くの画家がクレパスを使った作品を残しており、それらは油絵や水彩画とはまた違った趣が感じられます。

このクレパスの発明に示唆を与えたのが、山本鼎という画家です。鼎は10歳の時、版画工房に奉公にあがります。そこで当時の分業制に疑問を持ち、最初から最後まで一人で刷り上げる『創作版画』を作り上げます。
その後東京美術学校に入学しますが、ここでも既に確立された西洋絵画のテーマや手法を学ぶことばかり求められる教育方針に納得できずにいました。


信念に生きた美術教育運動家 山本鼎

山本鼎の児童自由画教育運動

しかし鼎が33歳の時、フランス留学からの帰国途中に寄ったモスクワにて見た、児童創造美術展に衝撃を受けます。
というのも、明治時代の小学校の図画の授業というのは、配布された絵のお手本(「臨本」、「範画」などと呼ばれた)を児童が見ながら、そのお手本をいかに上手に写すか、という練習が主でした。鼎は学校での模写を基本とした美術教育より、好きなものを自由にのびのびと描かせる、この「自由画教育運動」が子供たちにとって最も大切であると日本で提唱しました。

戦後の民主主義を形成することになった、大正デモクラシーの思潮にも乗って、山本の主張は教育の現場から広汎な支持を集めていきました。

1919年(大正8年)に長野県で開かれた「第1回児童自由画展覧会」には、県内各地から寄せられた子どもたちの自由画1万点が展示され、これを皮切りに運動はみるみる全国に広がりました。そして各地で、子どもたちによる「自由画展覧会」が開かれるようになったのです。


信念に生きた美術教育運動家 山本鼎

山本鼎の思想から誕生したクレパス

鼎は自分の作品を制作するより、子供たちの創造性を育むことに多くの時間を費やしました。
子供たちのために、安価で鮮やかな発色をもった描画材料ができないものかと考える鼎のひたむきな姿勢と、彼が提唱した「自由画運動」の思想に心を打たれたサクラクレパス社は、総力をあげて新しい描画材料の開発に取り組みました。そしてクレパスが完成したのです。

「絵を描くことは感興から出立しなければならない」と訴えた鼎の思想は、現代の図画工作教育にも大きな影響を与えています。現代の日本美術の礎は、鼎によって作られたと言っても過言ではないでしょう。


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