2021.10.19
中国近代水墨画家 王成喜(オウセイキ)
色彩豊かで他を圧倒する筆捌き
今回は中国近代水墨画家として人気の高い王成喜についてご紹介いたします。
王成喜は1940年に中国河南省に生まれました。
1966年に中央美術工芸学院を卒業し、現在は国家一級美術師で有り、全国精協委員、中国美術家協会理事、中国書法家協会委員、全国正協書画室副主任など多岐に渡り重役に就いている作家です。また、中国水墨画家の大家である、董寿平(トウジュヘイ)に師事したことでも知られています。
色彩豊かで他を圧倒する程の筆捌きから現れる作品郡は、中国をはじめ日本やアメリカ、ヨーロッパなどでも賞賛を受けている画家です。最も多く書いている作品が紅梅図で、その他に白梅図や果物をモチーフにした図柄やまた達筆な書も大変な人気です。
最近では北京の北京人民芸術院の周年記念の特別操作に選ばれ歴史的な対策を手掛ける事になりました。
梅に自己投影した作家 李方膺(リホウヨウ)
王成喜の作風はどこと無く、李方膺の作風に通ずる所が有る様な気がします。
李方膺は清朝中期に揚州で活躍した書画家八人州、揚州八怪の1人と数えられた今も謎多き画家の1人です。
1752年、乾隆十六年知県を務めていた李方膺は弾圧を受け罷免されます。その原因は諸説ある様ですが、真っ直ぐで信念の太い彼の性格が災いし逆に敵も多く作ってしまったのでないかと云われています。その翌年親友であった袁枚(エンバイ)に誘われ南京に出るようになり、この頃に約2メートルに近い画紙に描く水墨図の制作に取組み始めます。それまでの心の憂いを晴らす様に精力的に制作に励み、力強い墨梅を描き潤いを重ねた筆でしっかりと樹幹を表現して、丁寧かつ大胆に作品が完成されました。
袁枚による「李晴江墓誌銘」には「識者謂う、李公は自家の写生わや為ると。晴江は微笑みするのみ」とあり、理解者たちは李の画梅に自己投影がある事を指摘し、彼自身も微笑んでそれを否定しなかったと云われています。
自身の愛用していた印である「平生知己」は生涯の友を意味しそれは即ち梅花であったと云われています。
アート買取協会では王成喜、李方膺はもちろん沢山の中国書画を買取しております。
先日も約50点程の中国関係の美術品を買取にてお譲りいただきました。
大陸を渡ってきた中国書画は、まだまだ沢山日本に残っていると聞きます。
これはもしや…。と思う作品がございましたら、どうぞお気軽にお問合せください。