2022.03.22
―銅版画に捧げた生涯― 駒井哲郎
長い手指と端正な顔立ち。このイケメンは駒井哲郎(1920~1976)である―。
時代(とき)を同じくして、すでに活躍していた版画家、棟方志功、長谷川潔、浜口陽三、斎藤清などをよそに、独自の表現で確固たる地位を築き上げた“駒井哲郎”という銅版画家をご紹介します。
駒井作品には油彩やデッサン等もありますが、今日最も評価されているのは銅版画のエッチング技法によるものです。
白と黒で表現するエッチング技法により作り上げられるモノクロームの世界、相反する夢と現実を融合したような、駒井独特の世界に見るものはぐっと引き込まれます。そして、独特の世界観に「?」マークが浮かんだりするかもしれません。
皆さんは美術鑑賞の際、よく「ん?」とか「あれ?」といった「?」マークのつく様な作品に出会うことはありませんか?
現代アートや前衛的なものに触れる際には「?」を感じることが多いかもしれません。観る人・触れる人がどのように感じるのか、また何かを感じてもらう事こそが画家の狙いなのかもしれません。
情景や匂いを感じさせる初期の作品群
1938年の版画作品「丸の内風景」は、まるで面相筆で描かれたようなエッチングによる細かい表現が特徴的で、周りの情景や匂いをも感じさせてくれます。初期の作品は風景画や静物画等を写実的に描いています。これらの作品に「?」と浮かぶことはありませんが、白い紙に黒いインクの表現だけで9×5㎝の小さな画面から受ける臨場感は、きっと当時の鑑賞者たちを釘付けにしたであろうと想像ができ、画家の代わりに思わずニヤリとしてしまいます。
観る人の想像力を刺激する黒一色の表現
1950年代頃になると、夢と現実を覗かせる幻想的な作品が入り混じって発表されています。この頃駒井は、他の国との交流や他のジャンルの詩人・文学・音楽などのアーティストとも交流し芸術観を高めたと言われています。空虚的なモティーフをより現実的に見せ、想像させてくれる(文章にすると表現が難しいですが・・・)のが、こちら二つの作品です。そもそも、黒一色から諧調だけの表現で、観る側の想像力を膨らませ、感性をくすぐるのだから面白いですね。
駒井哲郎は生まれも育ちも東京で不自由なく幼少期を過ごしていたようで、生まれもってのアーバニティ(都会的、あかぬけた、優雅な)が自然と備わっていたのでしょう。弱冠14歳ころ、メリヨンやホイッスラーといった本格的な銅版画と出会い、このときに自身の人生の行く先を選択できたのは運命というより、宿命だったのだろうと僕は感じます。