2025.04.22
西洋と東洋の美 画家サム・フランシス
サム・フランシスは、20世紀アメリカを代表する抽象画家の一人です。鮮やかな色彩と大胆な余白、そして東洋美術からの影響を融合させた独自のスタイルで、世界中の美術ファンを魅了してきました。その表現は日本人の美意識にも通じ、現在でも多くのコレクターに支持されています。
1923年、カリフォルニア州サン・マテオに生まれたフランシスは、第二次世界大戦で負傷し、療養中に絵を描き始めました。復員後はカリフォルニア大学バークレー校で美術を学び、ジャクソン・ポロックやクリフォード・スティルら抽象表現主義の画家たちの影響を受けます。1950年代初頭にはパリに拠点を移し、独自のスタイルを模索していきました。
アンフォルメルと東洋美術の影響
パリでは、アンフォルメル(非定形)運動にも触れ、偶然性や即興性を重視した絵画の潮流に共鳴。厚みのある絵肌(マチエール)や自由な筆致といった要素は、フランシスの作風にも反映されています。アメリカの抽象表現主義とヨーロッパのアンフォルメル、その両方を吸収しながら、彼は自らのスタイルを築き上げていきました。また、印象派の巨匠モネや色彩に詩情を込めたボナールの作品に感銘を受ける一方で、東洋思想や美術への関心も高まっていきます。特に日本の「わび・さび」や書道、禅、水墨画に見られる“にじみ”や“間(ま)”の感覚は、彼の絵画に深く根づいていきました。
1957年、初めて日本を訪れたフランシスは、実際に現地文化に触れたことでその関心を確信に変えます。墨のにじみ、余白の美学、呼吸するような構図――こうした日本独自の表現が彼の抽象画と融合し、より詩的で自由なスタイルへと進化していきました。
白と色彩、詩的な構図への進化
彼の作品における重要な要素が「白」です。初期の作品はエネルギッシュな筆致と強い色彩で埋め尽くされていましたが、やがて大胆な余白を生かす構成に変化します。この「白」は単なる背景ではなく、色彩と対話する空間。彼の言葉「君は 永遠から来た あの白なのか」には、白に対する深い精神性が感じられます。色彩もまた、フランシスの絵画を特徴づける要素です。原色がリズムを持ってキャンバス上を飛び交い、まるで音楽のような躍動を生み出しています。そこに余白が加わることで、観る者に思索と感覚の広がりをもたらします。アメリカの抽象表現主義を土台にしながらも、単なる模倣にとどまらず、ヨーロッパや日本文化、そして自身の感性を取り込んだフランシス。ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコらと同時代に活躍しながらも、「色」に対する探究の深さでは一線を画す存在でした。
日本との縁とその評価
出光興産創業者の出光佐三と親交があり、四女・真子との結婚を通じて日本文化との関係はさらに深まります。出光美術館には多くのフランシス作品が所蔵され、国内でも彼の芸術を体感できる貴重な場となっています。また、東京都現代美術館では2000年代に回顧展が開催され、大きな反響を呼びました。こうした展覧会を通じて、フランシスの作品は日本の美術ファンの間でも評価が高まり続けています。今も多くのアートコレクターがその価値に注目しており、国内外のオークションやギャラリー、買取市場でも高い評価を受けています。
感じるアートとして
サム・フランシスの作品は、ただ「観る」だけでなく、「感じる」ことで本質に近づけるアートです。色彩、余白、そして精神性。そのすべてが響き合い、時代を超えて観る者と静かに対話し続けています。