はじめに
現在ヨーロッパを中心に活動する韓国出身の李禹煥(リー・ウーファン)は、日本とも深い縁を持つアーティストです。「もの派」(※)の中心的存在として注目を集め、その理論を支える思想家としても高く評価されています。
世界的な美術館での個展開催や国際的な芸術賞の受賞など、その評価は年々高まりつつあります。近年ではオークション市場での作品価格も上昇し、コレクターや投資家からも熱い視線が注がれています。
この記事では、李禹煥の経歴や作品の魅力、市場価値について詳しく解説します。作品をお持ちの方、売却をご検討の方はぜひご参考にしてください。
※もの派:1960年代末から1970年代にかけて日本で展開された現代美術運動。自然素材や工業製品を最小限の加工でそのまま提示することで、素材と空間の関係性に着目した表現を特徴とする。

李禹煥とは?
「もの派」を主導した思想家・芸術家

1936年、韓国の慶尚南道に生を受けた李禹煥は、幼少期を釜山で過ごしました。この釜山時代に学んだ書道の経験は、後に彼の芸術表現の根幹を形作ることになるのです。
青年期を迎えた1956年、ソウル大学校美術大学での学びを中断した彼は新たな知的冒険を求めて来日します。日本大学文学部哲学科に身を置いた李禹煥は、東洋と西洋、両方の思想体系を貪欲に吸収。こうした哲学的探究は1961年の卒業まで続き、後の彼の芸術観に深い影響を与えました。
芸術家としての第一歩を踏み出したのは1960年代後半のこと。様々な展覧会に作品を出品する中で、運命的な出会いが訪れます。1968年、神戸市須磨離宮公園での第1回野外彫刻展で知り合った関根伸夫との邂逅は、日本の現代美術史を変える重要な転機となりました。互いの才能と感性を認め合った二人は、後に「もの派」という革新的な芸術運動を牽引していくのです。
翌1969年、李禹煥が発表した評論「事物から存在へ」は芸術界で大きな反響を呼びます。この論考の評価を通じて、彼は単なる作家としてだけでなく、「もの派」の理論的支柱として、その存在感を日本の美術シーンに強く刻印することになりました。一人の韓国人芸術家が、日本の現代美術に新たな地平を切り開いた瞬間でした。
国際的評価と主な活動
李禹煥の国際的評価はどのように高まっていったのでしょうか?その足跡をたどってみましょう。
1971年に第7回パリ青年ビエンナーレに参加した李禹煥は、同年にヨーロッパとアメリカを旅行。この経験が彼の視野を広げ、以降はドイツやフランスを中心に作品発表を続けるようになります。
その後、1977年の第13回現代日本美術展での東京国立近代美術鑑賞受賞、1979年の第11回東京国際版画ビエンナーレでの京都国立近代美術館賞受賞など、栄誉ある賞を次々と獲得。
1991年には芸術家としての功績が認められ、フランス文化省から芸術文芸勲章シュヴァリエ章を授与されました。同年には多摩美術大学の教授に就任し、後進の育成にも力を注ぎました。
こうした活動の集大成とも言えるのが、2010年の「李禹煥美術館」のオープンです。瀬戸内国際芸術祭に合わせて香川県直島に建設されたこの美術館は、安藤忠雄設計による半地下構造の建物に、1970年代から現在までの作品が幅広く展示されています。
近年も2011年のニューヨーク・グッゲンハイム美術館、2014年のヴェルサイユ宮殿、2019年のポンピドゥー・センター・メッスでの個展開催など、世界の名だたる美術館で作品を発表。2022年には国立新美術館での大規模回顧展も実現し、現在も精力的に活動を続けています。

東洋と西洋の思想を融合した独自の美学
李禹煥の芸術哲学は、「もの派」の思想をさらに深化させたものです。彼は素材そのものだけでなく、その配置や空間との関係性にも注目しました。
李禹煥は作品と展示空間との対話を重視し、同じ素材でも置かれる環境によって異なる表情を見せると説いています。彼は自然を象徴する石と産業社会を表す金属を空間に配置することで、人間と自然の対話を促しているのです。
芸術を従来の意味やイメージの世界から解放し、「もの」と「もの」、「もの」と「人」の関係性を問いかける李禹煥の作品背景には、東洋・西洋両方の哲学思想が融合しています。
李禹煥の作品の魅力や特徴
代表作シリーズ「点より」と「線より」
李禹煥の代表的な絵画シリーズには、1970年代初めから制作された静謐な『点より』と『線より』、1980年代からの力強い『風より』『風と共に』などがあります。
『点より』(From point)は左から右へ進むにつれて残像のように色が薄くなっていく青い点が特徴的です。点の配置には規則的なものと不規則なものがあり、サイズも様々で2メートルを超える大作もあります。

『線より』(From Line)は上から下へ色がかすれていく青い線で構成され、幼少期に学んだ書道の影響が感じられるシリーズです。これらの作品は李禹煥美術館や東京国立近代美術館など、国内外の主要美術館に収蔵されています。

李禹煥の平面作品の最大の特徴は、最小限の介入で豊かな余白を生み出し、空間性を重視することにあります。キャンバスの一部だけに筆跡を残すことで、鑑賞者に空間の広がりを体験させるのです。このシンプルさの中に、深い精神性を見出すことができるでしょうか?
※タブロー:キャンバスや板などに描かれた一枚絵のこと。下絵ではなく完成した絵画作品を指す。
「風より」「風と共に」シリーズの魅力
1980年代に始まった『風より』『風と共に』シリーズは、規則的な『点より』『線より』とは対照的に、自由で力強い筆致が特徴です。時代が進むにつれて線の数が減少し、空白部分が増していく変化も見られます。
このシリーズの代表作『東風』は2021年のオークションで約3億1,000万円(31億ウォン)という韓国の存命作家としては記録的な高額で落札されました。こうした高額落札は、李禹煥作品が近年ますます注目を集めていることを物語っています。
立体作品「関係項」シリーズの特性
『関係項』は1968年頃から制作されている李禹煥の代表的立体作品シリーズで、『関係項-棲処』『関係項-アーチ』『関係項-無限の糸』など多数の作品が生み出されてきました。
李禹煥美術館には『関係項-対話』が展示されており、黒い鉄板を挟んで二つの自然石が対話するように配置されています。これらの素材にはほとんど手が加えられておらず、石と鉄板の関係性、鉄板を挟んだ石同士の関係性を浮かび上がらせています。
素材と場所、物質と空間、作品同士、そして作品と観念との関わり合いをテーマにした『関係項』シリーズは、李禹煥の思想の核心を表現しています。
李禹煥作品の買取相場
※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。
From Brush

FROM WINDS 4

李禹煥の作品の査定・買取について、まずはお気軽にご相談ください。
李禹煥の作品を高値で売却するポイント
来歴や付帯品・保証書
来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。
贋作について
ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。
ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。
落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。
版画
共通事項(状態を良好に保つ為の保管方法)
版画には有名画家が直接携わり監修した作品も多くあります。主に版画作品下部に作家直筆サインとエディション(何部発行した何番目の作品であるか)が記載されています。
主に紙に刷られており、湿気や乾燥に弱いです。また直射日光が長期間当たると色飛びの原因になります。掛ける場所・保管場所には十分注意しましょう。
リトグラフ
石版画とも言われ、ヨーロッパの歴史では古くから用いられてきました。日本でも昭和から活発に使用され、各地にリトグラフ専門の工房が存在します。
李禹煥についての補足情報
李禹煥美術館の空間体験
李禹煥の作品を体系的に鑑賞するなら、香川県直島の「李禹煥美術館」がおすすめです。安藤忠雄設計による半地下構造の建物と作品が一体となった空間体験は、李禹煥の芸術哲学を体感する絶好の機会となるでしょう。
美術館では『点より』や『線より』などの平面作品から、海を背景にした『関係項-対話』などの立体作品まで、幅広い作品を鑑賞できます。2015年には韓国・釜山にも「李禹煥ギャラリー」が開設され、李禹煥の作品を鑑賞できる場所が広がっています。
最新の展覧会情報とマーケット動向
近年、李禹煥の芸術的評価はますます高まっていますが、それは展覧会の開催状況やオークション市場にも反映されています。
2022年には国立新美術館で「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」展が開催されました。国内での大規模個展としては2005年の横浜美術館以来となるこの展覧会では、初期作品から最新作まで幅広く展示され、その後、兵庫県立美術館にも巡回しました。
美術市場においても李禹煥の作品は高い評価を受けています。2021年の韓国美術品オークション市場では、前年比3倍の約320億円という落札総額の中で、李禹煥は草間彌生を抑えて落札総額1位を記録。これは彼の作品が国際的に認められている証左と言えるでしょう。
近年のオークション実績としては、2014年のニューヨーク・サザビーズでの『線より』(約2億3,000万円)や2012年香港での『点より』(約2億1,000万円)などがあり、市場価値は着実に上昇しています。こうした市場動向からも、李禹煥作品の価値の高さがうかがえるのではないでしょうか。
※インスタレーション:展示空間全体を作品として構成する現代美術の表現形式。建築空間や自然環境と作品が一体となって鑑賞者に体験を提供する。
版画作品の特徴と価値
李禹煥は250種類以上の版画作品を制作しており、リトグラフ(※)、シルクスクリーン(※)、カーボランダム(※)、銅版画など多様な技法を駆使しています。これらは油彩作品より流通量が多く、比較的入手しやすいのが特徴です。
李禹煥は版画について「木版は版自体の素材や模様が生きる技法、リトグラフは版の上のインクの変化が主役となる技法、シルクスクリーンは規則的で人工的な構成に向く技法」と語り、各技法の特性を熟知した表現を追求しています。李禹煥の作品を鑑賞する際は、こうした技法の違いに注目してみるのも面白いかもしれません。
※リトグラフ:平版印刷の一種で、油性と水性の反発作用を利用した版画技法。石灰石やアルミニウム版に油性の描画材で描き、化学処理後にインクを付けて印刷する。
※シルクスクリーン:孔版印刷の一種で、細かいメッシュの枠に絵柄の部分だけインクを通す技法。鮮やかな色彩表現が可能。
※カーボランダム:炭化ケイ素の粉末を利用した版画技法。砂目状の質感が特徴。
もの派とは?
「もの派」は、1960年代末から1970年代にかけて日本で展開された現代美術運動で、自然素材や工業製品を最小限の加工でそのまま提示することにより、素材と空間の関係性に着目した表現方法が特徴的です。この運動は、物そのものの存在に焦点を当て、従来の絵画や彫刻の枠を超えて物質的な本質を探求するもので、素材と空間の純粋な対話を求めました。特に、李禹煥(リ・ウファン)は、この「もの派」の理論的な支えとなり、その思想の深化に貢献した中心的な存在です。李禹煥の影響は現在の現代美術にも大きく反映されています。
「もの派」に関連する主要な作家には以下の人物が挙げられます。
関根伸夫(せきね のぶお)、李禹煥(リ・ウファン)、菅木志雄(すが きしお)、高松次郎(たかまつ じろう)、成田克彦(なりた かつひこ)、吉田克朗(よしだ かつあき)、小清水漸(こしみず すすむ)、榎倉康二(えなくら こうじ)、野村仁(のむら じん)、狗巻賢二(いぬまき けんじ)、原口典之(はらぐち のりゆき)、高山登(たかやま のぼる)
これらの作家たちは、明確なグループとして組織化されていたわけではなく、個々の作家が独自の表現を追求しながらも、共通する理念や関心を持って活動していました。特に、斎藤義重(さいとう よししげ)教授のもとで学んだ関根伸夫や吉田克朗は、「もの派」の初期活動に深く関与しており、吉田は関根の作品《位相—大地》の制作アシスタントも務めています。
「もの派」の運動は、日本の現代美術における重要な転換点を示しており、現在でも高く評価されています。
まとめ
李禹煥は「もの派」を代表する芸術家として、東洋と西洋の思想を融合した独自の美学で国際的評価を獲得しています。1970年代から現在まで、「点より」「線より」などの絵画シリーズや「関係項」シリーズの立体作品を通じて、物と空間の関係性を探求し続けてきました。
当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。李禹煥の作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。
また、LINEからの査定依頼も受け付けています。(スマホで写真を撮って送るだけ!)詳しくは【LINE査定ページ】をご覧ください。