はじめに
みなさん、一瞬で心を捉え、忘れられない強烈な印象を残す絵画をご存知ですか?深い闇を感じさせる色彩と魂を揺さぶる力強い筆致で、人間の内面を描き続けた画家・鴨居玲。
昭和会展優秀賞や安井賞を受賞し、フランスでも高い評価を受けた鴨居玲の画業と作品の魅力について、詳しくご紹介させていただきます。ぜひ最後までお読みください。
鴨居玲とは?
孤高の画家としての生涯
1928年に石川県金沢市で生まれた鴨居玲。はっきりとした生年月日は不明で、出生届が出されていなかったことから、本人も正確な生年月日を知らなかったとされています。
1946年に金沢美術工芸専門学校に入学し、洋画家の宮本三郎に師事しました。卒業後は関西に移り、二紀会を中心に活動を開始し、兵庫県芦屋の田中千代服装学園で講師としても活躍します。
作品と異なる人物像
おどろおどろしい作品のイメージとは相反したハンサムな容姿、少年じみた言動もあって人懐っこく、ユーモアも解する魅力に溢れる人物が普段の鴨居玲という人でした。
転機となった海外での経験
1959年頃にフランスへ渡り創作活動を行うものの、なかなか思うような評価は得られませんでした。行き詰まった彼は、ヨーロッパやブラジルなどさまざまな国を転々とします。
その後1965年に帰国し、1968年に日動画廊で初の個展を開催。転機が訪れたのは1969年、41歳の時でした。「静止した刻」により昭和会展優秀賞と安井賞を受賞し、美術界に一躍名を馳せることになります。
酒と絵にまみれた生活
鴨居玲はアルコールとの付き合いが非常に深かった人物としても知られています。制作中には大量の酒を飲み、アルコールが創作のインスピレーションに繋がっていたとも言われています。しかし、その生活が精神的にも肉体的にも彼を追い詰めていき、晩年には健康を大きく損なう結果となりました。
晩年期の創作活動
1971年にスペイン・バルデペーニャス村にアトリエを構え、そこでの暮らしや村人たちとの触れ合いの中で、多くの作品を生み出しました。
その後、パリやニューヨークなどで個展を開き、1977年に帰国。神戸にアトリエを構えました。世界的に評価され、充実した日々を送っているように見えた一方で、彼の心の内は決して明るくありませんでした。
制作活動の中で直面した精神的な苦悩と創作への重圧。この頃に描かれた数多くの自画像からは、彼の内なる苦悩が垣間見えます。
孤高の最期
1985年、鴨居玲はアルコール依存症などに悩みながら、金沢市の自宅アトリエで自ら命を絶ちました。その最期は多くの人々に衝撃を与えましたが、彼が追求していた「生と死」のテーマに彼自身が取り込まれていったとも言われています。
鴨居玲の作品の魅力や特徴
鴨居玲の作品をじっくりとご覧になったことはありますか?一度見たら忘れられない、その独特の表現世界についてご紹介していきます。
独自の表現技法と画風の変遷
鴨居の作品は、深い闇を感じさせる色彩と魂をえぐり出すような激しいタッチで知られています。若い頃は風景画や抽象画、人物画が多く、静かなタッチに混沌と葛藤が潜んでいました。1971年頃からスペインにアトリエを構えた後は、老人や酔っ払いなどを題材にし、より陰鬱で劇的な作品が増えていきます。
制作においても独特のスタイルを持っていました。一枚の作品を仕上げるために100枚ものデッサンを行い、イメージが湧くまで何ヶ月も下書きを温存し、ひらめきが訪れると、鋭い集中力で一気に作品を仕上げたそうです。創作が始まると、寝食を顧みず、ただひたすら制作にのめり込んだと言われています。
代表的な自画像シリーズの特徴
帰国後の1982年からは、自画像を多く手がけるようになります。特に「1982年 私」をはじめとする自画像シリーズは、精神状態の悪化とともに、作品にも狂気や葛藤が色濃く表れるようになっていきました。自画像の表情は暗く、整った顔立ちのその瞳には、常に何かを問いかけるような深い光が宿っています。
人物画に込められた深い洞察
鴨居玲と言えば、哀愁を帯びた人物画で有名です。暗く重厚なマチエール*1で描かれた背景の中に、ひっそりと佇む人物が特徴的です。
代表作「道化」は、暗い色彩と劇的なタッチが特徴で、道化師の姿を通じて人間の悲哀と孤独を鋭く描き出しています。また、「おばあさん」はヨーロッパ時代の作品で、老婆のたたずむ姿勢やその深い皺に、人間の生の奥深さと力強さが込められています。
※1マチエールとは?
絵画用語で、フランス語の「matière(物質・材料)」に由来します。絵具の塗り方や重ね方によって生まれる画面の質感や手触り感のことを指します。画家の個性や感性が表れる重要な要素の一つです。
《1982年 私》に込められた画家の精神
しばしば自殺願望を口にし、自殺未遂を繰り返していた鴨居は1985年に自宅で排ガスにより亡くなりました。《1982年 私》は、多くの意味で鴨居玲という画家の集大成といえると思います。
表面的な意味での絵画作品としては勿論ですが…暗い色調の中で明瞭に浮き上がる真っ白なキャンバス、完成を待ち望む周囲の人々の期待と重圧、それに囲まれる自分という構図は鴨居玲自身の苦悩や苦痛を強烈に体現していて底冷えする様な深い闇と恐ろしさを感じます。
鴨居玲作品の評価と展覧会
時代を超えて評価され続ける鴨居玲の芸術
鴨居の芸術性は、没後も高く評価されています。没後5年から5年ごとに各地の美術館で回顧展が開催されていることは、その評価の高さを示す特筆すべき事実です。
通常、作家の回顧展は出身地の美術館で一度だけ行われるのが一般的ですが、鴨居の場合は異なります。
2015年には没後30年を記念する展覧会が、北海道立函館美術館、石川県立美術館、伊丹市立美術館を巡回。
そして2023年には、高梁市成羽美術館「鴨居 玲―1983年2月3日、私」、石川県立美術館「Rey Camoy- 鴨居玲 晩年の肖像 –」、長崎県美術館「鴨居玲のスペイン時代」と、同時期に3つの展覧会が開催されました。
没後まもなく40年を迎えようとする今もなお、その芸術的価値への関心は高まり続けています。
独自の表現世界が現代に与える影響
鴨居の作品は、国内外で高い評価を得ています。後にフランス大統領となるフランソワ・ミッテランが作品を購入したことは、その国際的評価を示す象徴的な出来事でした。
また、美術評論家の坂崎乙郎は「絵を描いていく過程で生より死の方向へ向かっていく人が多いと思うが、鴨居さんの場合、死から出発している」と評しており、その独自の芸術観は専門家からも高く評価されています。
芸術やアートに造詣が深い人だけでなく、一般の方々にも広く知られる存在として、生前の彼を知らない世代にも、その生き様や作品は強い影響を与え続けています。
鴨居玲作品の買取相場・実績
※買取相場価格は当社のこれまでの買取実績、および、市場相場を加味したご参考額です。実際の査定価格は作品の状態、相場等により変動いたします。
黒衣
道化師
鴨居玲の作品を高値で売却するポイント
鴨居玲の鑑定機関・鑑定人
- 東美鑑定評価機構 鑑定委員会
一般財団法人東美鑑定評価機構は、美術品の鑑定による美術品流通の健全化及び文化芸術の振興発展に寄与する公的鑑定機関。
来歴や付帯品・保証書
来歴や付帯品:購入先の証明や美術館に貸出、図録に掲載された作品等は鑑定書が付帯していなくても査定できる場合があります。
保証書:購入時に保証書が付帯する作品もあるので大切に保管しましょう。
贋作について
ここ数十年のインターネットや化学技術の向上により、著名作家の贋作が多数出回っています。
ネットオークションでは全くの素人を装い、親のコレクションや資産家所蔵品等の名目で出品し、ノークレームノーリターンの条件での出品が見受けられます。
落札者は知識がないがために落札後のトラブルの話をよく聞きます。お手持ちの作品について「真贋が気になる」「どの様に売却をすすめるのがよいか」等、お困りごとがあればご相談のみでも承っております。
水彩・デッサン
主に紙に描かれていることの多い水彩やデッサンは、モチーフに対して紙の余白がある反面、しみや日焼けが目立つ事があります。
油彩画(額)
状態を良好に保つ為の保管方法
油絵は主に布を張ったキャンバスと言われるものに描かれています。他にも板に直接描かれた作品もあります。油絵の具は乾燥に弱く、色によってはヒビ割れ目立つ作品が見受けられます。また、湿気によりカビなどが付着しやすく、カビが根深い場合は修復困難となってしまいます。高温多湿を避け、涼しい場所に飾りましょう。また箱にしまったままも湿気やすい為、最低でも年に2回は風を通すようにしましょう。
修復方法
油彩画修復の専門店にお願いすることが1番です。下手に自身で手を入れると、返って悪化するケースもあります。
版画
共通事項(状態を良好に保つ為の保管方法)
版画には有名画家が直接携わり監修した作品も多くあります。主に版画作品下部に作家直筆サインとエディション(何部発行した何番目の作品であるか)が記載されています。主に紙に刷られており、湿気や乾燥に弱いです。また直射日光が長期間当たると色飛びの原因になります。掛ける場所・保管場所には十分注意しましょう。
リトグラフ
石版画とも言われ、ヨーロッパの歴史では古くから用いられてきました。日本でも昭和から活発に使用され、各地にリトグラフ専門の工房が存在します。
鴨居玲についての補足情報
鴨居玲の主要作品
- 「蠢(B)」 1962年 芦屋市立美術博物館
- 「自己表現への探求」1969年
- 「静止した刻」1968年 東京国立近代美術館
- 「サイコロ」1969年 姫路市立美術館
- 「コメット」1970年 兵庫県公館
- 「おばあさん」 1973年 石川県立美術館
- 「廃兵」1973年 金沢美術工芸大学
- 「1982年 私」 1982年 石川県立美術館
- 「出を待つ(道化師)」 1984年
- 「道化師」 1984年
まとめ
鴨居玲の生涯と作品の魅力について、ご理解いただけましたでしょうか。
生と死を真摯に見つめ、自身の内なる葛藤をキャンバスにぶつけ続けた彼の姿勢は、作品の随所に表れています。その陰鬱で不気味な作風とは対照的に、彼自身は人目を引く美男子で、明るくユーモアに富んだ性格の持ち主だったことも、鴨居玲という画家の魅力をより一層深めているのではないでしょうか。
41歳で受賞した昭和会展優秀賞と安井賞を機に、その芸術性は広く認められ、没後も時代を超えて高い評価を受け続けています。
機会がありましたら、ぜひ美術館で鴨居玲の作品をご覧ください。人間の真実を追求し続けた彼の作品は、きっと皆様の心に深い感動を与えてくれることでしょう。
当社では、あなたの大切な作品の価値を最大限に引き出すべく、丁寧な査定と適切なアドバイスを提供いたします。鴨居玲の作品の買取をご検討される際は、ぜひお問い合わせください。
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