作家・作品紹介

平櫛田中 107歳まで現役を貫いた日本彫刻界の巨匠

平櫛田中(ひらくしでんちゅう)は1872年、岡山県後月郡西江原村(現・井原市西江原町)に生を受けました。10歳の時に平櫛家に養子に入り、少年期に木彫に興味を覚え、1893年に大阪の彫刻家・中谷省古に弟子入りして木彫の手ほどきを受けて以来、100歳をこえてからも現役の彫刻家として活躍しました。その芸術の特徴は、優れた写実力と深い精神性、そして彩色にあるといえるでしょう。

平櫛田中(ひらくしでんちゅう) 107歳まで現役を貫いた日本彫刻界の巨匠

人間性を感じる初期の人物彫刻

田中はその彫刻人生の中で、何度もテーマを変化させていきました。初期の作品は子息をモデルに製作された「幼児狗張子」「姉娘」などに見られるような、日常身辺の人物をテーマとした彫刻で、作者の人間性が感じられます。幼児のふくよかな肌や無邪気な表情、ふとした日常の一コマを切り取った作品は、見ているこちらも思わず頬が緩みます。


平櫛田中(ひらくしでんちゅう) 107歳まで現役を貫いた日本彫刻界の巨匠

彫刻のうちに「理想」を表現する

次の仏教的テーマを題材とした時期は、臨済禅の西山禾山老師の影響を強く受け、「活人箭」「法堂二笑」「尋牛」など、内面を表出した精神的な作品を数多く制作しています。
この時期に田中は、もうひとり人間形成のうえで大きな影響を受ける人物と出会います。近代日本美術界の救世主で、日本美術院の創立者・岡倉天心です。彫刻のうちに「理想」を表現するという田中芸術の真髄を、この出会いで体得したのです。
仏教的テーマの彫刻期から後、日本美術院研究所で3年間 彫塑研究に没頭しますが、ここでの習練がやがて個性的な、理想を刻み込んだ数々の名作、「烏有先生」「転生」「五浦釣人」などの誕生へとつながるのです。


平櫛田中(ひらくしでんちゅう) 107歳まで現役を貫いた日本彫刻界の巨匠

代表作・鏡獅子

田中の代表作と言えば、歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎をモデルとした鏡獅子があげられます。戦争というブランクを経て、22年もの歳月をかけて制作された2m近い大作で、現在は永田町の国立劇場のロビーで見ることが出来ます。菊五郎が衣装をつける前の姿を石膏彫刻にした「鏡獅子試作裸像」は、分厚い歌舞伎衣装の下に隠されている肉体の躍動感が表現されており、妥協を許さない制作心が表れています。またこの作品には、彩色を施すという手法が用いられているところに一つの特徴があります。当時彫刻に色を付けることはご法度とされていましたが、そんなタブーも物ともせずこの傑作を作り上げました。作品は国が2億円で買い取るという申し出に、菊五郎との義理を立てて東京国立近代美術館に寄贈したというエピソードにも、田中の人柄が表れています。

「人間いたずらに多事、人生いたずらに年をとる、いまやらねばいつできる、 わしがやらねばたれがやる」
生涯現役を貫いた田中らしい言葉です。1979年、田中は早くに亡くした息子との約束通り、多くの作品を残し、東京都小平市の自宅で満107歳(享年108)で大往生しました。死去時点では、男性長寿の日本一でした。

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