2019.09.17
水に思いを込めて 舟越桂
舟越桂の水への思いと彫刻・版画への情熱
「水のなかを覗くというのは、自分の中をみることではないかと思うようになりました。人間にはひとりひとり、北欧にあるような深い湖をもっていて、自分を確かめるということは、そのなかに潜って小さな石を拾ってくるということではないかと考えるようになりました。」
この言葉は、1993年に神奈川県立美術館で舟越桂が語った言葉です。今回ご紹介する舟越桂は常に「水」という言葉をキーワードにして様々な版画作品を残しています。
1951年岩手県盛岡市に生まれた舟越桂は、父が彫刻家の舟越保武、弟も彫刻家の舟越直木と芸術一家に生まれました。
楠(くすのき)を材料とした彫刻を多く残している一方、版画制作にも情熱を注ぎこんでいます。
初期のころの銅版画から始まり、銅版画の一種である「ソープグランド」「スピットバイト」など彼独自の技法やリトグラフから木版画などの様々な技法に挑んでいます。
舟越桂の技法が生んだ独特な表現
「ソープグランド」とは始めに松脂の粉を振ってアクアチントを施した銅板の上に、白いクリーム状の石鹸を筆に含ませて描いていくもので、石鹸を塗ったところは刷ったときに白くなり、黒い線を残したいところは逆に石鹸を塗らずに細く残すという頭の中で白黒を逆転して描く技法です。
その不自由さに本人自身を混乱して修正し加筆を繰り返すことによって、現代アートに通ずる、上半身の人間でも平面に感じられないシンプルでも深い湖のような作品ができたのでしょう。
また、リトグラフにも彼のこだわりがあり、石版に下絵を施してできあがったリトグラフはインクが紙の上に食いついていないということでトナーを水に溶かずに粉のまま筆につけて描き、火であぶって亜鉛版に定着させて本人の望む黒い線を表現しています。
舟越桂は学生時代にラグビーに熱中していたこともあり、版工房のメンバーとチームプレーで納得した作品を作り出すためにのめり込んでいたことが想像できます。
彼自身は、「自分が混沌としているという考えに甘えが多すぎないかと疑い、そんな疑いが自分を責める。しかし自分は怖がりなのでほどほどのところで逃げる。」と言っています。
つまり、彼の版画はシンプルながら力強い反面、自分の中の内部的な弱さ、悲しみ、孤独を感じることができる作品であり、それ故にいつまでも見ていたくなるのではないでしょうか。