2022.08.09
野田弘志 真理のリアリズム
日本のリアリズム絵画を代表する画家のひとり、野田弘志の巡回展が山口県立美術館を皮切りに開催されています。凡そ10年という短いサイクルで様々な様式の作品を生み出した野田弘志。今回の展示作品をいくつかご紹介いたします。
新聞小説『湿原』
1983年5月7日から始まった朝日新聞の連載小説、加賀乙彦著『湿原』の挿画を担当したことにより、野田弘志は一躍世に知られるようになりました。小説が完結する1985年2月5日までの2年9ヶ月の間に、鉛筆による挿画計628点を描きあげ、そのうちの110点ほどが今回の巡回展で展示されています。いずれもモノクロームで表現され、葉書大ほどの小さな画面に描かれた作品は、従来の「挿絵」の概念を超えるものであり、絵画として十分に独立した世界観を持つ素晴らしい作品です。そしてそれらは新聞という媒体として流通したにも関わらず、気迫がこもった内容は読者にも伝わり高く評価されました。当時徹底的に鉛筆に打ち込んだことが、この後の作品を更なる高みに押し上げたとも言われています。
「THE」~「聖なるもの」~「崇高なるもの」
白を基調とし胎児のような姿勢の裸婦を描いた『THE-1』、黒を基調とした裸婦の座像を描いた『THE-2』、暗色を基調とした着衣の女性を描いた『THE-3』の3作によって1997年より始まった「THE」シリーズ、2009年から始まった「聖なるもの」シリーズの中の『聖なるものTHE-IV』では、鳥の巣が2メートル四方ものキャンパスに描かれた大作ですが、その制作にはおよそ1年近い歳月を費やしたそうです。その後の「崇高なるもの」シリーズは、眼の前の一人一人を描くことを通して「人間とは何か」を問う試みだそうです。特に、音楽家や絵を学ぶ学生、著名な研究者などが等身大以上のサイズで描かれた一人一人の存在感が際立つシリーズとなっています。
野田弘志の最初期から近作まで60年以上におよぶ創作活動の全容を回顧する展覧会。
人物・静物・風景、いずれのモチーフを前にしても、一貫してひたすらに見つめ、描くことで「在る」ということを突き詰めようと、野田弘志が歩んできたリアリズムの道をたどってみてはいかがでしょうか。